『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2

ネストスホワイト : 
丁場はカヴァラ空港から約45km(車で約1時間)のネストス市近郊に位置します。
1990年から採掘していましたが、我が国への紹介は遅く、あまり流通していない石種です。
透明感のある白地にライトグレーのラインが流れるタイプとライトグレーブラウンのラインが流れるタイプが採掘され、また流れもストレート系と若干ウネリ流れが存在しますが、当社は、ライトグレーのラインがストレート気味に流れるタイプを選定しています。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2ティノスグリーン : 
丁場はギリシャ ティノス島で採掘されていました。ティノス島はエーゲ海のキクラデス諸島北部に位置します。
色柄が国産の蛇紋石、貴蛇紋石に似ていることから、我国では馴染みのある石種で、30年前前後では、ギリシャ産と言えばティノスグリーンかペンテリコンでした。そのティノスグリーンも今年初めに残念ながら丁場閉鎖になりました。
一度は丁場に訪問し、ティノス島を満喫したかったのですが行く機会がなかったのは非常に残念です。
2023年5月訪問時に完全に丁場閉鎖と聞いたので、丁場主の在庫の中から小さいサイズですが色柄の良い原石を1コンテナ分(小ぶり原石3個)を選出しました。ティノスグリーン原石の検品はこれが最後になります。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2
■石の紹介は前項で終了し、お待たせの遺跡関連の紹介を始めます。
前回紹介したパルテノン神殿は超有名な遺跡なので、初訪問前から知っていましたが、これから紹介する遺跡は何の予習もしないままに、丁場移動中に案内者が立ち寄ってくれた遺跡です。現地で説明書を見てもチンプンカンカン、更に遺跡名もメモせず、でも写真だけは写していました。今回、丁場紀行で紹介するために、その写真と位置関係だけを頼りに何の遺跡かを調べ、ネット上の写真と私の写真及び記憶で比較確認し、遺跡名を特定しました。やはり、何処の観光地、遺跡、博物館等に行くにしても事前の予習をしなければ薄い感動になってしまう事を痛感し、反省しています。
では、私と一緒にギリシャ遺跡と歴史を少し勉強しましょう。

❶ピリッポイの古代遺跡 : 
2017年7月に訪問していました。2016年に世界文化遺産に登録された東マケドニア トラキア地方フィリッピの町にあるピリッポイの古代遺跡はマケドニア王アレキサンダー大王の父ピリッポス2世によって紀元前356年に創建された城郭遺跡です。
ピリッポイは、ローマとビサンティンを結ぶエグナティア街道上に位置していたため、ヨーロッパとアジアを繋ぐ重要な要塞として発展し、劇場や寺院、広場などが建設されました。
またピリッポイは、パウロがキリスト教を伝導した場所であり、ヨーロッパで初めてキリスト教教会が設立された場所でもあります。古代ローマ遺跡と初期キリスト教遺跡の両面から評価された貴重な遺跡だそうです。
以上のようにネット情報では立派なウンチクでしたが、私の印象は『ここが世界文化遺産なの?』という感じでした。訪問時は灼熱の太陽の中でヘトヘト状態、感動が薄かったのか写していた写真が4枚だけでした。
ただし使用されている石種だけはしっかり見ていて、近郊で採掘されていたカワラホワイト系の白大理石でした。 
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2
❷ヴェルギナの考古遺跡 : 
2023年5月に訪問しました。
1996年に世界文化遺産に登録されたギリシャ北部テッサロニキから南西に約80kmにある小さな町のヴェルギナにある『ヴェルギナの考古遺跡』は1977年にギリシャの考古学者マリノス・アンドロニコスによっていくつかの墳墓が発見され、その中の一つは古代マケドニアの有名なアレキサンダー大王の父ピリッポス2世の墓(約2,400年前の建造)だと言われています。尚、アレキサンダー大王の遺体や墓は見つかっていません。
前回紹介したアンブロシア丁場視察後、カヴァラ地区に移動の際に『道中に世界遺産の有名な墓があるので寄って見学しよう。』となり寄ったのですが、世界遺産の割には駐車場も狭く、人もまばら、お土産屋も2店、切符売り場に見えないような石造りの小屋。敷地に入ると草木に覆われた小さな丘があるだけでした。
その丘こそが墳墓で、内部にはピリッポス2世の墓や博物館があり、ここで発掘された数多くの副葬品を見学出来ました。お薦めは、ピリッポス2世の骨箱と言われる黄金の箱で箱の上に描かれた光線を持つ太陽は『ヴェルギナの太陽』とも呼ばれ、古代マケドニアの象徴とも呼ばれているそうです。
室内の看板では内部は撮影禁止でしたが、館内員に聞いてみたら『お好きにどうぞ。』でした。何とおおらかな!!
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2
❸デルフィ遺跡 : 
2018年4月に訪問していました。
1987年に世界文化遺産に登録されたアテネから北西に約180kmのギリシャ中部、眼下にオリーブ畑と遠くにコリンティアコス湾を望むパルナッソス連山の麓に広がるデルフィ遺跡はアポロンの神託が行われていた聖域です。
古代ギリシャ時代ではここが『大地のヘソ(世界の中心)』と信じられていたそうです。それがアポロン神殿です。デルフィはゼウスの子、アポロンが神託を始めた聖地として最盛期には、周辺地域から多くの巡礼者が訪れました。
山の斜面を削り、巨大な石を使って山の斜面にしがみつくように建造されています。どのように約2400年前に建造したのか想像もできません。でも世界中のどの遺跡にしても建造に対し、古代の人達の信仰の力には感服します。
この遺跡を訪問したのはレヴァディアブラック丁場視察後だったと思いますが、残念ながら疲れていたのか鮮明に覚えていないんです。覚えているのは石屋の本能で白大理石はホワイトペンテリコン系だったこと。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-2

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