『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-3

❹古代アゴラ遺跡 : 
2017年9月に訪問していました。
アクロポリスの丘(パルテノン神殿がある場所)の北西に位置する古代アゴラは、都市国家アテナイの市民が集い、情報や意見を交換し、文化を育んだ社会・宗教活動の中心地でした。民主主義はこの地に産まれ、ソクラテスはこの広場を歩いて哲学を説きました。ペルシャ戦争(紀元前492~449年の間に3回)以前のアゴラはアクロポリスの北東部(現在のブラカ周辺)でしたが、ペルシャ軍によって破壊し尽くされ、戦争後に疎開先からアテネに戻った市民はその場所での復興を諦め、現在の場所に新たなアゴラを建造しました。再建されたアゴラには裁判所や会議場、図書館、迎賓館などの公的建物のほか、ヘファイストス神殿、アポロン神殿、アフロディーテ神殿、アレス神殿、聖使途教会などの宗教施設が立ち並んでいましたが、現存する建造物はヘファイストス神殿(紀元前5世紀半ばから後半に建造)と聖使途教会と復元された『アッタロスのストア(列柱楼)』だけです。
パルテノン神殿の陰に隠れて有名ではないですが、広い場所にポツン、ポツンと遺跡や彫刻物が並んでいるので、玄人受けする遺跡(一部博物館)と思います。特に保存状態の良いヘファイストス神殿やアッタロスのストアの内部に展示されている石彫刻は一見の価値があると思います。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-3
❺パナティナイコ競技場 : 
2017年9月に訪問していました。
パナティナイコ競技場はアテネにある競技場で、第1回近代オリンピックの会場として知られています。
紀元前6世紀からパナティナイア祭の競技場として使われていた場所に、紀元前4世紀 アテネの富豪のリュクルゴスが座席などを建築し、その後ローマ帝国期144年頃、アテネの富豪のホロデス・アッテェコスが総大理石に改築しました。その改修工事にはホワイトペンテリコンの丁場が枯渇する程の規模だったそうです。
その後 ビサンチン時代、オスマントルコ時代に大理石は他の建築物に使用されるため持ち去られ廃墟になりましたが1895年に1986年の第1回近代オリンピックのため、ギリシャ王室の支援のもと富豪イェオリギスや建築家アタナシシオス・メタクサツが総大理石に大改装したそうです。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-3
❻エピダウロスの考古遺跡 : 
2017年9月に訪問していました。
1988年に世界文化遺産に登録されたアテネから南西に約65kmの港町エピダウロス(ペロポネソス半島東部、アテネとはサロニコス湾を挟んで対岸の位置)の内陸約8kmにある『エピダウロスの考古遺跡』は医神のアスクレピオスの聖地で古代の医療施設で多くの病人がここを訪れ快癒を願った場所です。医療施設といっても古代ギリシャ人は病気というのは肉体と精神のバランスが崩れるのが原因と考えていたことから、重視されていたのは『癒し』『リラックス』です。よってこの場所には病院だけでなく。劇場や浴場、音楽堂、宴会場、スタジアムまであったそうです。
『エピダウロスの考古遺跡』には、現在ギリシャで最も保存状態の良い劇場跡が残っています。
この劇場は、紀元前4世紀(約2,400年前)にポリュクレイトスの子により設計された。当初座席は34段であったが、ローマ時代に21段が追加され計55段の座席(収容人員12,000人)がある。さらにこの劇場は優れた音響効果があり、舞台正面での朗読の声を全観客に伝えるための音響機器は必要とせず明瞭に聞き取れるように設計されています。私自身も声を発して試してみましたがそも音響効果に納得できました。
劇場のすぐ近くに考古学博物館がありますが、とにかく狭い博物館です。遺跡からの出土品を無造作に置いているのですが、オリジナルなのか?レプリカなのか?オリジナル品ならば『もっと大事にしたりいや!』といった印象でした。
私が一番興味を持ったのは、修理加工中のエンタシス柱です。新材と旧材を組んで、それを旧材に倣って削る加工方法です。写真で紹介します。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-3
❼ポセイドン神殿 : 
2017年2月に訪問していました。
アテネの南方約60km、海抜60mのスーニオン岬の突端に建つ海の守護神ポセイドンを祭っている古代神殿です。
1998年近郊の『エレアの遺跡』などとともに世界文化遺産に登録されています。紀元前480年頃から建設が始まりましたが、建設途中にペルシャ戦争の被害を受けて倒壊し、紀元前444年頃に現在残っているドリア式の神殿が建設されたと言われています。
当初は高さ6mの白い大理石(たぶんホワイトペンテリコン)の円柱が42本並んでいましたが、現存は16本です。訪問した時は夕方だったので、夕陽を浴びる神殿とこの丘からエーゲ海に沈んでいく夕陽が神秘的でした。
『丁場紀行』ギリシャ丁場紀行 後編 No.11-3
今回は書いていくうちに石の紹介/説明よりも遺跡の紹介/説明の方が長くなってしまいました。
というのも紹介した遺跡の大部分が約2,400年前の建造された建造物であり、その当時の建築技術の凄さと石の使い方及び加工技術に驚愕し、古代ギリシャの人々への尊敬を感じたからです。このような建造物を後世に残して頂き、現代人を代表してお礼申し上げます。
毎度の次回宣言ですが、次回は2023年5月に丁場視察した『アンゴラ丁場紀行』をご案内致します。

長時間読んで頂きありがとうございました。

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